結核と新型肺炎(SARS)

岐阜県医師会報 平成15年7月号 しょうてん

 昨年の十二月頃、私は非常勤で勤めている病院において、胸部X線写真についてのコメントを求められた。患者は七十歳前後の女性であった。右の上肺野に、結節様の陰影を認めた。その時点で、肺の腺癌を疑った。本人を診察すると「数ヶ月前から、咳が続いていると」いう。念のために、胸部CTを検査依頼することにした。数日後、それを読影した他の内科医師が結核を疑い、専門病院へ紹介した。しばらくして喀痰検査にて、ガフキー1ないし2号の陽性と判明した。

 後で診療録をもう一度読み直すと、数ヶ月にわたり時々発熱が出現し、炎症反応も陽性であった。胸部X線では、右肺の結節陰影のみならず、左下肺野に浸潤影も認めた。幸い発見が早く、集団感染もなく現在の所、順調に経過している。長期入院の患者が多い精神病院や老人保健施設等において、高齢者の結核発症が問題となっている。1)私自身、結核を全く念頭においていなかったことを反省させられた。

 本年4月から学校における結核健診については、問診主体の健診へ変更された。小学校1年、中学1年のツベルクリン反応は中止された。その背景としては、結核発見効率の低下と、世界における結核健診の流れがある。2001年(平成13年)の岐阜県下における発生件数は、小・中学校合わせて2名と報告されている。2)地元の学校保健会において、講演者は「1999年、ある県において学校集団感染事例があり、延べ約700人が影響を受けた」と話した。今年、私が学校医を担当している小学校1年生およそ90人中、2名が「BCG接種を受けていない」と答えた。学校においても、結核の数はきわめて少ないものの、油断は禁物と考えられた。

 岐阜県下における結核の発生状況について、インターネットにより、調べてみることにした。岐阜県における2001年の新登録患者数は634人であった。岐阜県の罹患率(人口10万対)30.0は、東京の33.9や、大阪府の39.0より少ないが、愛知県の26.2より多く、全国平均27.9より多いことがわかった。2001年における岐阜県の結核死亡者数は65人で、死亡率(人口10万対)3.1は全国ワースト1であった。3)

 日本における発生状況の推移はどうか、ホームページの解説4)を読んだ。2001年の結核新登録患者数は約3万5千人で、2年連続して減少した。しかし、新登録患者における高齢者の割合は約4割を占め、増加傾向にあるという。症状後1ヶ月以内の発見率は34.5%であり、従来より改善しているものの、まだ十分とは言いがたい。世界的に見て、日本の罹患率(27.9)は米国(5.8)の4.8倍で、結核中進国といえるそうだ。1999年(平成11年)7月に厚生省が「結核緊急事態宣言」を発表したことが思い出される。

 本年二月頃から、最も重要な医学的および社会的問題は、新型肺炎(SARS)と思われる。昨年十一月頃から中国等を中心に新型肺炎が発生したことは周知のこととなった。SARSコロナウィルスが、原因病原体と判明したものの、感染力の強さと死亡率の高さから、世界が震撼させられている。自分とは無関係かと考えていた三月末頃、「台湾へ旅行してきたが、大丈夫であろうか?」という女性患者から相談を受けた時、私自身、一瞬驚いた。幸い発熱もなく、何の問題もなかった。四月には、慢性肝炎で通院している患者が「最近、中国へ旅行に行ってきた」と、言った。話を聞いた時には、すでに潜伏期といわれている十日間を過ぎており、私自身も安堵した。

 五月中旬には、日本へ旅行した台湾人医師のSARS発症が大きな社会問題となった。それを契機にわが国でも、検疫体制の強化がなされたと聞く。彼自身のモラルも問われ、当局も厳重に処分するという。報道によると、台湾などでは、病院における医療関係者が自分への感染を恐れて職場放棄、退職等もしているそうだ。五月末には、地域の医師会において、SARSに対する講習会が設けられた。我々と、保健所や消防署が連携して、疑い患者が出た場合の搬送方法、病室の確保等に関して話し合うためであった。地域保健所の担当者は、「疑い患者の第一報は、保健所に連絡するよう」言っていた。また地元の消防本部の担当者は、「疑い例や可能性例については搬送する」と答えた。従来では、経験しなかった、行政、保健所と医師会の実務的な話し合いの機会は私には大変有意義と思われた。

 来年の冬における、新型肺炎の流行を予測する米国の研究者もいるそうだ。新聞によるとカナダのトロントは、SARSに関して、一旦収束に向かった発生が、再発したため、WHOの感染流行地域に再指定されたと報じられている。この感染再拡大は当初、通常の肺炎と診断された患者からの院内感染によるという新聞記事5)を読んだ。

 今後引き続き、結核とSARSには、十分な関心と対応により、岐阜県において患者を発生させないよう努めよう。万が一の場合に備え、迅速に診断をして、集団発生や院内感染を防ぐ体制を早急に確立すべきと主張する。

引用・参考文献

  1. 1)石川信克:再興感染症としての肺結核—その統計的な意義 呼吸と循環50:1083-1087 医学書院2002
  2. 2)『学校の結核健診マニュアルとその解説』財団法人結核予防会 2003
  3. 3)結核の統計2002 都道府県別結核・肺がん死亡者数および率http://www.jata.or.jp
  4. 4)石川信克:結核の統計2002を読むー2年連続して減少した結核新登録患者—http://www.jata.or.jp
  5. 5)新型肺炎 トロント、2200人超隔離 岐阜新聞 2003年5月28日  KK