平成15年の医療展望
岐阜県医師会報 平成15年1月号 しょうてん
平成14年10月から高齢者医療制度が変った。70歳以上の患者について、1割または2割負担となり、75歳以上が老人保健対象となった。数ヶ月前に、日常診療においてこんな経験をした。70歳前後の脳卒中後遺症の患者が、病院から紹介されてきた。麻痺はほとんど残っていなかったが、痛みとしびれを執拗に訴えた。内科開業医の私としては、予後について「しびれは残るかもしれないが、リハビリにより少しずつ良くなると思う」と、やや楽観的に話をした。さらに入院時の処方を参考に、脳循環改善剤、筋弛緩剤、鎮痛剤等を処方した。しかし、痛みとしびれを執拗に訴えた。脳卒中後には、三割程度の頻度において、うつ状態を合併することが報告1)されているので、抗うつ薬も追加投与した。しばらくして、私には、患者からの痛みとしびれの訴えが少し減ったように思われた。ある時、以前に渡した薬剤情報の説明書を持ってきて、患者がこう言った。「この薬とこの薬は飲むが、この薬(抗うつ薬)は要らない」と。いくら医師が飲んだほうがよいと考え、薬を処方しても、患者に不要と思われれば断られる。薬の処方に患者の要望やコスト意識を、益々尊重することが必要な時代となったことを実感させられた。
平成15年4月から、健康保険本人が、3割負担開始となることが決まっている。最近の医療を取り巻く環境の変化について、考えてみよう。その一つに、代替医療2)という言葉がある。どのような内容で、我々といかなる関係かについて関心をもっていた。平成14年11月3日、偶々、隣県における代替医療の講演会に参加する機会を得た。健康意識の高まりか、一般の参加者は二、三百人を越え、会場には熱気すら感じられた。代替医療とは具体的には、鍼灸、マッサージ、気功、漢方等を合わせて総称しているようだ。明治時代以来の西洋医学偏重ではなく、古来の伝統的手法を用いるという。マスコミOBの司会者は、「医療の主体は患者である」「医者におまかせでなく、患者の自立が求められる」と述べていた。主催者側の医学部名誉教授が、薬に関して、副作用の部分のみを声高に強調していた。パネル講演者の耳鼻科医は、「自分自身の健康管理には合気道が役に立った。しかし、医者仲間に代替医療という言葉を使うには、まだ時期早尚の感がある」と語った。代替医療に対しては、行政が医療費抑制の一つの手段として、積極的とも聞いた。確かに、代替医療と呼ばれる伝統的手法で、よくなる人もいることは充分に理解できる。しかし、我々の医療界においては、近年各種の画像診断機器の開発により、微細な病変部もわかるようになっている。抗生剤、強心剤、抗がん剤等の治療薬や内視鏡下手術の進歩等により、救命される人々が多いこともまた事実である。医師の私としては、医療界が反省すべき、改善すべき点があることも認める。それでも、医療と代替医療とを合わせて統合医療と呼ぶには、少し抵抗を感じる。と同時に、それとは適度な距離を保ちたい。
開業医だけでなく、病院にはどんな変化がおきるのであろうか。第4次医療法の改正に伴い、平成15年8月には「一般病床」か「療養病床」の申請期限3)となる。これは、患者にふさわしい環境や病床を提供するための配慮といわれている。約20年前における病院勤務時代における経験を思い出してみる。小生が入局させてもらった頃、その科はA領域を中心に診療をしていた。当初、B疾患はトップの関心の対象から少しはずれ、その患者は快く思われなかった。なぜなら、B疾患の治療には、大変な労力を必要としたからである。「専門でない、B疾患患者は名古屋の専門病院へ送ればよい」という意見もあった。しかし、徐々に患者が紹介され、ついには病棟の個室のほとんどを占めるほどに増加してきた。やがてB疾患もその科の中で、出来るだけ診療する必要性が認められた。決して患者を集めようと意識していたわけではなかった。この地域におけるB疾患に対する医療ニーズが、紹介率を上げただけなのである。病院の機能分化がすすむにつれて、その病院がどんな役割を担うかが、問われるであろう。
前述のように、老人保健の対象が70歳から毎年1歳づつひきあげられ、5年先には75歳からがその対象となる。既にご存知の方も多いと思うが、医療制度における坂口厚生労働相による試案4)が出されている。それによると、5年先を目指して幾つかの制度改革を行うという。著者の理解するところでは、現在政府管掌の社会保険を県レベルに変更し、各保険者の統廃合を進める。ドクターフィやホスピタルフィといった、医師個人の評価と病院の運営の両面を考慮する。必ずしも独立した高齢者医療制度は必要がないかもしれないとも言われている。いずれにせよ、平成15年の医療を取り巻く環境は依然厳しく、我々にとっては逆風と考えざるを得ない。
引用・参考文献
- 1)脳血管障害の臨床 287 日本医師会雑誌特別号 2001
- 2)健康フォーラム2002 in 南飛騨 講演集
- 3)病院 486 医学書院 2001
- 4)日本醫事新報 No.4093 78 2002 (K.K)